東京高等裁判所 平成元年(行ケ)211号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 本願考案の概要
成立に争いのない甲第一ないし第三号証(本願考案の出願当初の明細書、昭和五九年一二月一二日付及び昭和六一年五月二一日付各手続補正書。以下、これらを総称して「本願明細書」という。)によれば、本願考案は、時計バンドの留め金具に関するもので、従来のこの種の留め金具は、内側に係止部を設けた二個の係止爪を立設し、両側に突出部を有する二個の押板にて二個の係止爪を押し解きする要領のため、腕時計として着用しているときに片手で押し解きするときは、両突出し部を挟む親指と人指し指または中指の押しがややもすると一方にのみ加わつて他方を押し解きしないまま次の展開操作に移行するため、捩じれたりして金具を壊すという問題があり、また、その操作が難しいという問題があつたところから、本願考案は、前記の本願考案の要旨のとおりの構成を採ることにより、かかる問題点を解消するとともに、婦人子供もワンタツチ操作にて容易に折畳み展開することのできる時計バンド用の止め金具を提供しようとするものであることが認められる(甲第三号証二頁一行ないし三頁六行)。
三 取消事由に対する判断
1 引用例記載の考案の構成が審決の認定のとおりであること、引用例記載の考案における「腕時計用バンドの尾錠」、「中板」、「下板」、「箱」、「ばね体」及び「突出部」が、本願考案における「時計バンドの留め金具」、「上側プレート」、「下側プレート」、「箱形部材」、「押しばね」及び「係止爪」に相当すること、並びに、本願考案と引用例記載の考案との一致点及び相違点は審決の理由の要点3に摘示したとおりであること(原告は右相違点のうち相違点(一)に対する判断のみを争うものである。)については当事者間に争いがない。
2 相違点(一)に対する審決の判断の当否につき、以下判断する。
(一) 相違点(一)に関する審決の理由の要点4(一)(1)摘示に係る事項は当事者間に争いがない。この事実によれば、上側プレート(中板)が遊孔を有するか否かは、留め金具の上側部分である箱形部材(箱)の取付けの構成いかんによるものということができるが、審決は、この点の構成の相違を単なる設計事項にすぎない旨判断しているので、その当否について検討する。
(1) 右当事者間に争いのない事実と前掲甲第一ないし第三号証及び成立に争いのない甲第五号証(引用例)によれば、本願考案の留め金具の上側部分である箱形部材は、上側プレート上の開放端、すなわち上側プレートの下側プレートに対する反対側の面の開放端に載置した構成であるのに対し、引用例記載の考案の留め金具の上側部分である箱は、中板(上側プレート)に周知のピン連結手段により連結した上板の下面、すなわち、中板の開放端に接してその延長部分に取り付けた構成であると認められる(審決が認定する「箱形部材を中板に上板を介して取り付ける。」とはこの趣旨と解される。)そして、成立に争いのない乙第一号証(実公昭五六―一〇一七一号公報)及び乙第二号証(実公昭五二―二九九八一号公報)によれば、時計バンドの留め金具において、上側プレートの開放端の下面先端に留め金具の上側部分として係止爪片を取り付けて形成した構成及び上側プレートの開放端に留め金具の上側部分として箱形部材を直接取り付けた構成が本願出願前において周知のものとして示されていることが認められる。
この事実によれば、上側プレートを一枚とし、その開放端に時計バンドの留め金具の上側部分を取り付ける構成及び右留め金具として箱形部材を用いる構成が、本願出願前において周知であつたものということができる。
(2) 前掲甲第三号証によれば、本願明細書には、「箱形部材」に関して、「上側プレート12は開放側上に平坦形の角箱部材19を載着する。該部材19は第2図(別紙一第2図)の部材図にて示すように、コ形体19aと孔19b付の上板19cとからなり、上側プレート12の開放側上に順次載上し、スポツト溶接して接合される。20は一面に形成される開口部であり、27は上側プレートの遊孔である。角箱部材19内に押しばね21を挟んで押板22を一部が開口部20より表出するようにして挿入する。」との記載(五頁五行ないし末行)があることが認められ、これによれば、本願考案の「箱形部材」は、その開口している一面(底面)を上側プレートの上面と接合することにより上側プレートの一部を箱の底面として利用し、その内部に押板を挿入する構成としていること、即ち、箱形部材と上側プレートの一部とで箱状部分を形成してその内部に押板を挿入保持する構成としていることが認められる。一方、前掲甲第五号証の各図(別紙二)によれば、引用例記載の考案の箱は、その開口している一面(上面)を上板と接合することにより上板の一部を箱の蓋面として利用し、その内部に押板を挿入する構成としていること、即ち、箱と上板の一部とで箱状部分を形成してその内部に押板を挿入保持する構成としていることが認められる。
この事実によれば、本願考案と引用例記載の考案とは、箱形部材(箱)とプレート(本願考案では上側プレート、引用例記載の考案では上板)の一部とで箱状部分を形成してその内部に押板を挿入保持する点において共通の構成を有しているものと認めることができ、この挿入保持の機能が、上側プレートまたは上板の一部を底面として利用して箱状部分を形成するか蓋面として利用して箱状部分を形成するかによつて格別の差異が生ずるものと認めるに足りる証拠はないから、箱形部材を上側プレートに載置する特段の技術的意義を見出すことはできない(前掲甲第一ないし三号証によるも、本願明細書にも、本願考案が箱形部材を上側プレートの上面(下側プレート側とは反対側の面)に取り付けた点の作用効果についての記載は認められない。)。前記(1)認定のような時計バンドの留め金具の上側部分の取付けについての構成が周知であり、また、前記(2)のように箱形部材を上側プレートに載置することについての技術的意義も見出し得ないことに照らせば、箱形部材を、中板(上側プレート)に上板を介して取り付ける構成に代えて、上側プレート(中板)の開放端に載置する構成を採択し本願考案を想到することは極めて容易であり、そのいずれを選択するかは、設計に当たつて適宜なし得る事項として当業者に委ねられているところというべきである。
(二) 原告は、「本願考案の上側プレートは、中間に引用例記載の考案のピン連結手段を有しないことによつて、引用例記載の考案と異なり、ピン連結部分における弛みやガタツキが生ずることなくして折り畳み展開することとなる」旨主張するが、この効果は、引用例記載の考案において箱形部材の取付けを中板の開放端に上板を介してなる構成を一枚の上側プレートからなる構成に代えるに当たつて当然に予測し得るところであるから、この点を理由に本願考案の進歩性を肯定することはできない。また、原告は、「本願考案の箱形部材は、上側プレート上の側板のない平坦な部分に載着するので、大型且つ頑丈となり、収容するV字形またはY字形の押しばねを大きくして強化することができ、底板一枚分を軽減することができる」旨主張するが、前掲甲第二号証の第2及び第3図(別紙一第2及び第3図)によれば、本願考案の箱形部材は、収容するV字形またはY字形の押しばねを保持するために該箱形部材の押板の挿入開口側(コ形体19aの開口部)とは反対の側の壁部(埋金32)を設ける必要があり、一方、前掲甲第五号証の第5及び第6図(別紙二第5及び第6図)によれば、引用例記載の考案においては、上板2の側板2aが本願考案の右壁部に相当する役目を果たすため、箱自身に壁部を設ける必要はないことが窺われるので、本願考案の箱形部材と引用例記載の考案の箱との内部の大きさは実質上異なるものではなく、また、引用例記載の考案にあつては、底板が軽減できない代わりに、本願考案のものに比べて蓋板一枚分を軽減することができるものであることは、前記の引用例記載の考案の箱の構成からみて明らかであるから、これら原告の主張は理由がない。
(三) しかして、引用例記載の考案のように留め金具の上側プレートである箱形部材を中板(上側プレート)の開放端に上板を介して取り付ければ、箱内の押板の下方には中板がないため、中板には下板の突出部と押板の係合穴とが係合するに要する遊孔を設ける余地がないのに対し、本願考案のように右箱形部材を上側プレートの開放端に載置すれば、これと下側プレートに立設された係止爪と係脱可能とするためには、上側プレートの開放端に遊孔を設けることが不可欠であることは前記のとおり当事者間に争いのないところであり(審決の理由の要点4(一)(1))、箱形部材の取付けについての引用例記載の考案の構成に代えて、本願考案の構成を採択すれば、上側プレートの開放端に遊孔を設ける必要があることは、当業者の極めて容易に気付くことであると認められる(前掲甲第一ないし第三号証によるも、本願考案における上側プレートの開放端に設けられた遊孔が下側プレートに立設された係止爪と留め金具の上側部材である箱形部材とを係脱可能とする案内孔以外の役割を果たすものと認めることはできない。)。
四 以上によれば、審決が、本願考案と引用例記載の考案における箱形部材の取付けに関する構成上の差異を単なる設計上の事項にすぎないものとしたうえで、「相違点(一)に係る前者の構成は、箱形部材の止着構造として前者のとおり上側プレートの開放端に取り付けたことによる当然の帰結であつて、この構成に格別の技術的意義があるとはいえない。」と認定したことは、結論において誤りがないものと認められる。
3 相違点(二)及び(三)に対する審決の判断及び審決の理由の要点5の判断については原告も争わないところであり、本訴にあらわれた証拠を検討するも右判断を誤りとすることはできない。
四 よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却する。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
蝶番部を挟んで折畳み展開可能に接続する上側及び下側プレートと、前記上側プレートの遊孔を設けた開放端に開口部を一側側面に設けた平坦形の箱型部材を取り付け、該箱型部材内にY字形またはV字形をした押しばねを挟んで前記遊孔上の位置に係止用孔と係止壁形成の押板を挿入して、該押板の一端を前記開口部より突出させ、前記下側プレートの開放端の中心部に前記係止壁と掛脱する係止爪を立設したことを特徴とする時計バンドの留め金具(別紙一参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙一
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別紙二
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(他は省略)